鬪雞神社は通称「権現さん」と呼ばれ、御祭神の中に熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)を勧請した、三山御参詣に替えるという三山の別宮的存在です。昔から熊野信仰の一翼を負っていました。

鬪雞神社の由来

鬪雞神社の名は平家物語壇ノ浦合戦の鶏合せの故事に由来します。源氏と平氏の双方より熊野水軍の援軍を要請された武蔵坊弁慶の父であると伝えられる熊野別当・湛増(たんぞう)が、どちらに味方をするかの神意を確認するため、神社本殿の前で赤を平氏、白を源氏に見立てた紅白7羽の鶏を闘わせました。
すると、ことごとく白(源氏)の鶏が勝利したため、源氏に加勢することを決め、熊野水軍200隻を出陣させました。熊野水軍の加勢が合戦の勝敗に結びついたともいわれます。境内の一角にはその様子を再現した湛増と弁慶像があり、2羽の鶏像は本殿を見守っています。

鬪雞神社のご紹介

文化財のご紹介

社殿六棟である、西殿、本殿、上殿、中殿、下殿、八百萬殿が国重要文化財に指定されました。
本殿と上殿は熊野造り、西殿は入り母屋造り、中殿と下殿は流造り、八百萬殿は春日造りで多様な建築様式が東西一列に並びます。鳥居の奥で様々な曲線を描く屋根の勾配が重なり合い、不思議な調和を形づくっています。各社殿の建立年代が明らかで、軸部の技法的特徴や細部意匠に地方的特色を備えており紀南地方における近世社寺建築の展開を理解する上で高い価値を有しています。熊野三山で成立した伝統的な社殿の配置ではあるものの、六棟が一直線に並ぶ姿を保っているのは和歌山県内では鬪雞神社のみで、全国でも貴重であって紀南を代表する神社建築です。

国重要文化財である社殿六棟

市天然記念物である2本の楠の木

社務所近くにある藤巌神社の鳥居のそばにある楠の木は樹齢1200年で、市天然記念物に指定されています。延命長寿・無病息災の信仰があり、また、楠の葉を歯痛の患部につけると平癒するという歯痛治癒の信仰があります。また忠魂慰霊碑側の大楠は樹齢800年で2本の木は田辺市の市天然記念物になっています。

鬪雞神社の大楠

忠魂慰霊碑側の大楠

鬪雞神社のご紹介